2008/06/07

三方百万両損と一人勝ち

 昨日から水着の話で持ちきりですが、その意味するところは非常にくだらない。

 通常チーム競技ではユニフォームを統一させるのは当たり前ですが、例えばテニスなどの個人競技ではラケットやシューズ、ユニフォームは個人とメーカーの契約で、デビスカップなどの国単位で戦うような場合でもばらばらです。サッカーや野球はユニフォームこそ統一していますが、スパイクやグローブは個人の契約です。日本テニス協会やJFAがラケットやスパイクを指定することはないはずです。

 水着はユニフォームなのか道具なのか、という問題は、話題の中心になっている記録の出る水着を考えると、水着はすでに道具ですね。人間の能力を延長するという道具の定義に当てはまります。それまではむしろ邪魔者扱いで、メーカーはいかに抵抗を減らすかにここ数年は腐心していたように思います。道具であれば、選手個人個人が自分の使いたいメーカーと個別に契約して使用するのが当然ではないでしょうか。

 この騒ぎの焦点は、日本水連が水着を道具としてではなくユニフォームとしてみていたこと、つまり時代遅れの視点で考えていたことに尽きるんじゃないでしょうか。さらにメーカー(=スポンサー)が、国や個人の記録よりも宣伝(契約といっていますが)のほうが重要であると図らずも態度で示してしまったことで騒ぎを大きくしてしまい、収拾がつかない状態になってしまったと考えます。

 最終的に、結果を出しても選手は水着のおかげといわれ、メーカーは技術力への信頼と矜持を失い、日本水連は威厳とスポンサーを失い、と大変なことになりそうです。得したのはもちろんあの水着メーカーだけでしょう。

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