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2019/01/07

ケータイががが(レビュー付き)

 それは1月1日午前1時半ころ、無事新年を迎え今年最初の入浴中のことだった。冬になるといつも湯船に使って小説を読むのを無上の楽しみとしており、そのときも山田宗樹「ギフテッド」木内順が起こした大事件のあたりまで読み進めたあとだった。

 風呂から上がりバスタオルを手に取ると、いつものように床ブラシを壁にかけるフックにケータイストラップを引っ掛けた、と思ったら引っかからなかった。ケータイはそのまま真っすぐ墜落し、床にゴカンと音を立てて落ちた。

 ケータイはよく落とす方だと思うがガラスの端が欠けたことはあっても大惨事になるようなことはなく、今回もまたやっちゃったくらいに思っていたらさにあらず。

ラッパーじゃないが
写真は危ないのでラップでくるんだあとだが、ガラス面全体が細かく割れてしまった。一つ一つが非常に細かく鋭利に割れてしまい、フリックすると指が切れそうになる。また破片が細かくなってポロポロ崩れ落ちてくるため、危険極まりない。当然画面は全く操作を受け付けず、ロック画面から先に進めることができない。電源が入ること、充電ができること、イヤホンを刺すと音楽が聞こえることから壊れたのは画面だけと推察できる。

 音楽が聞ける分だけモノリスよりはマシだが、電話が受けられないと仕事に支障をきたす。今日(1月1日)から仕事なので、どうしようかと思案することしばし。選択肢は、
  1. 修理に出す
    1. 今日から仕事なのでドコモに行く時間がない
    2. 直るとは思えない
    3. 2年7ヶ月なので受け付けない可能性あり
  2. 買い換える
    1. 今日から仕事なのでドコモに行く時間がない
    2. 新しい機種を知らない
    3. My Docomoで検索してみるか
といった流れでドコモホームページを見ることにする。5インチ以上のケータイには興味が無いのでどうしてもXperiaのcompactに目が行く。どれどれ、今買えるのはX、XZ1、XZ2か。どれも決め手がないが、XZ2は分厚そうなので脱落、XとXZ1で比べると実用上は大した差がなさそうだが、新しい方であるXZ1のほうが割引率が高いというか本体価格が実質ほぼゼロのようなので(Xは1万円くらいだったか)、オンラインでXZ1を買うことにした。

 ここで一つ失敗、というか購入に当たり条件や同意などで何ページか遷移していくわけだが、到着日がずいぶんあとになって出てくる。つまり買う気満々になった頃に『お届けは1月6日です』なんて言われても頭に血が上っているので、その日まで待てばドコモショップに行けるじゃない、なんて冷静には考えられず、その場で注文決定してしまうことになる。うまい策略だ。

 結局職場のケータイが借りられたので購入を急ぐ必要はなかったわけで、ただ手をこまねいて6日の到着を待つこととなった。だが、問題はそれだけではなかった。


 ケータイの機種変更に当たりよく話題に上るのが、使っているアプリのデータ移行であろう。LINEは新しいケータイにトーク履歴を持ち越すには事前設定が必要だし、おサイフケータイも例に漏れず、データの移行手続きをしておかなければならない。今回ケータイの操作自体ができないためその移行手続きができないことに気づいたのは2日の夜であった。幸い使っているアプリでデータ移行が必要なものは殆どなかったが、唯一楽天Edyにはいくばくかのチャージが残っており、これはなんとかしなければならない。調べたところドコモで壊れてしまって操作ができないという証明を出してもらえば良さそうだ。結局ドコモに行くことになるというこの間の悪さ。

 間の悪さは連鎖するのか、5日の夕方に仕事を早く引けることができたのでドコモに行く時間が確保できてしまった。先のことはわからないとはいえ、このタイミングで購入すればなんの問題もなかったのに、オンラインで購入したことがこんなところで足かせになるとは…。

 意気揚々と壊れたケータイを手にドコモに向かう俺。時間は18時を少し回っていたが、全くのガラガラである。受付で状況を説明し、壊れてしまった証明を出してもらうことになった。対話しながら端末操作をしていくお姉さんだが、電話でどこかに相談し始めてしまった。どうやら手続きが先に進まないようだ。調査の結果、古いケータイは手続きを受け付けなくなってしまったようなのだ。新しい方はまだ手元にないのでおかしい気もするが、新しいほうが登録されているのに開通していないという状況がまずいらしい。結局明日新しいのが届くのを待って開通させてから先を進めましょうということになった。一体何をやっているんだか。

 開けて1月6日。早朝9時半に新しいケータイが届く。さっそく開通作業に取り掛かるが何故かうまくいかない。仕方がないので10時を待ってドコモに向かう。昨日とは違うお姉さんに開通を任せ、それから改めて証明証を出してもらった。これにて一件落着。
写っているのは水槽の照明

 教訓。余計なことはするな、愚直に生きよ。



2018/08/20

末路

 去年の9月中旬だったと思うが、夜中にふとドライブに出かけた。特に目的もなく、国道140号を漠然と進み、秩父に侵入する。時間は22時ちょっと前、目的地もないので更に進み、道の駅あらかわで一休み。誰もいない。飽きたので来た道を戻り、今度は道の駅ちちぶに立ち寄ることにする。

 道の駅ちちぶは国道140号線に面した、秩父市の中心地といえる場所にある。周囲には市役所を始め都市機能が集約されており、少し歩けば秩父線の秩父駅、西武線の西武秩父駅など・・・・という話は置いといて、駐車場に車を進める。空いているスペースを探すうちに、もうすぐ日が変わるという時間にも関わらず何故か混雑していることに気がついた。

 それでも満車ということはなく、空いていたスペースに車を止めて缶ジュースを買いに外に出た。うるさい。自分が運転していたときには気づかなかったが、車外に出たらずいぶんうるさい。何がうるさいんだろうと思ったら、車の音だ。

 よく聞くまでもなく、止まっている車の多く、十数台のうちおそらく半数以上がエンジンを掛けている。真っ暗で車内が見えない車もあれば隙間(おそらく窓の目張りをしているのだろう)から光が見えている車、カーテン越しに煌々と内部を照らしている車など、かなりの車が活動中(アイドリング中)であった。車のそばでテーブルと椅子を広げて何やら話し込んでいる一群もいた。これが車中泊の正体かと思ったが本人たちに聞くわけにも行かず、うるさい上に排ガス臭いので缶コーヒーを買ってさっさとに退散した。

車中泊ブームに火をつけた「道の駅」が次々と宿泊禁止に キャンプ場と勘違いする利用者増加?


 こんな記事が今日ネットに出ていた。新型ジムニーが売れに売れているようだが、数年後に『オフロードブームに火をつけた「スズキジムニー」が次々と林道進入禁止に オフロードコースと勘違いする利用者増加?』って記事が頭をよぎった。

2013/04/06

面倒くさい。

と、タイトルを決めて書き始めてからFlickrの写真を引っ張ってこようとしたけど、あまりに面倒くさいので止めた。ちょうどタイトルに合致したのでもうおしまい。

2012/12/28

Facebookについて。

忘れてしまうので書き記しておく。全て今年の夏以降の話。


  1. 自分から自分宛にメールが届いた。
    1. Facebookに登録してある自分の名前とメールアドレスで、自分のプロバイダメール宛にメールが来た。
    2. お知らせ: (私の氏名)さんからFacebookへの招待が届いています。」と書いてある。
    3. いわゆる友達申請ではない。Facebookに登録しろという文面
    4. 返信していない。
    5. 続報なし。
  2. 知らない人から友達リクエストが来た。同時に二人。
    1. 特にコメントもなく、ただ友達リクエストのみ。
    2. 相手を忘れていることがよくあり、こういう時は一度は承認するようにしている。
    3. 当日に承認ボタンを押した。
    4. 翌日、承認した方の一人からメール。「友達(もう一方の人)がリクエストも出していないのにあなたから友達承認が来て困っている。私も承認されて迷惑なので取り消して欲しい」と。
    5. すぐに承認を取り消す。
    6. 以降やり取りなし。
  3. 平日仕事中にSMSが入る。連続3件。
    1. 「お久しぶり、Facebookで見つけて懐かしいので連絡しました」「頑張ってますか」「仕事大変です」とか書いてある。
    2. 「返事下さい」的な内容。
    3. SMSだから相手のケータイ番号は当然表示されるが、人物を特定できるような語句が一切入っていない。曖昧でどうとでも取れるような文面。
    4. 返事はしていない。
    5. 続報なし。

 上記のことからわかるのは、

  1. FacebookはFacebookに登録していないメールアドレスを収集している。
  2. Facebookに登録してあるメールアドレスを持ち主の許可無く使用している。
  3. Facebookはケータイの電話番号を入手している。

 メールアドレスの収集くらいはどこでもやっていそうなもんだが、問題は方法である。

 私のプロバイダメールは、ここ数年はほとんど使用していない。以前よくみられたフリーメール不可のサービスではいくつか使ったことがあるが、現在はGmailを拒否するサービスはまずないのでキャリアメールの出番は殆ど無い。一番最近入力したのはケータイでのEメール受信用に入力したくらいだ。友人や家族とのメールにプロバイダメールを使うことはありえず、抜くとすればプロバイダから漏れるか、ケータイからかくらいしか思いつかない。


 Facebookが勝手に招待状を出すのは有名な話。上記の件をFacebookのタイムラインに流したところ、複数の友人から同様のことを聞いたことがあると返信があった。だからといって許されるものではないが。

 私のアドレスを抜いた上で私の別のアドレスを勝手に使ってバレるという、まるでコントのようなことが実際に起こっている。盗んだ商品を店に売りに来て捕まるみたいな古典的なコントだが、当事者は全然笑えない。使われたことより抜かれたことが怖い。

 SMSに関しては、もしかしたらFacebookは全然関係ないのかもしれない。ただ名前を使われていることには違いがないので列記した。「Facebookで見た」といえば免罪符になるような雰囲気があるのだろう。ちなみに、SMSが入ったのは私のことを知っている人間であれば絶対に連絡をしてこないであろうという時間である。

 上記のことがあってから、Facebookに登録してある情報やアプリ連携は全て消去して、現在はメールアドレス(Gmail)と名前、誕生日くらいしか記入していない。ケータイのFacebook関連アプリは全てアンインストールしたが、XperiaなのでXperia用Facebookという項目が消せずに残っている。

 起こったことをその都度意見欄にあげたりタイムラインに乗せたりしているが、Facebookからの返事は一度もない。



2012年12月28日

 上の文章は書いてからしばらく眠らせておいたんだが、新しい話ができたのでそれもあわせて公開することにした。

 上記の件で嫌気が差したので、もうFacebookをやめようと考えた。しかし、諸先輩方や多くの知り合いが未だ楽しくやっていることもあって、まず利用停止からやってみることにした。ここを見ながら自分のアカウントを利用停止状態にした。これでもういいだろう、と思ったのもつかの間。

 利用停止から何日か後、一通のメールが来た。タイトルは「おかえりなさい!」。何とFacebookアカウントの利用再開をアナウンスするメールであった。

 利用停止状態のアカウントは通常と全く同じ手順で、それまでと同じメールアドレスとパスワードを入力するだけで利用停止が解除されるようになっているらしい。違った手順を要したり注意を促すようなことはないようだ。この時はあまり深く考えず、自分がなにか失敗をしたり、自動ログインできるような設定が残っていたのかと思い、同じ手順で再度利用停止にした。更に自宅のパソコンからFacebookへのリンクやブックマークを全て削除し、子供らが誤ってログインするようなことがないようにした。これでOK(^^)v。

 と思っていたら数日後にまた「おかえりなさい!」orz。これはもうどこかの誰かがパスワードまで把握しているんだなと思い、その確証を得るためにパスワードだけを変更して再度利用停止にしてみた。

 半月ほど放置してあるが、「おかえりなさい!」のメールは届いていない。

2012/06/04

時代に置いていかれそう。

ワールドカップ予選を堪能している途中、臨時ニュースで"菊地直子容疑者の身柄を確保"のテロップが入った。この前NHKで大々的にオウムの検証番組をやっていたが随分タイミングがいいな、なんて思っていたら、子ども(中2)が「Wikipediaがもう更新されてる」と。Wikipediaのオウム関連のページが瞬時に更新されていたらしいが、そんなことよりそのレスポンスで検索をかけた方にびっくりだよお父さんは。

 昔から"知らなかったらすぐ辞書を引く"というのが家庭でできる教育的指導のひとつだったが現在は辞書がネットに置き換わっている、という感覚ではすでに置いていかれているようだ。昔であれば、

  1. 辞書で菊地直子を調べる。
  2. あれば読んで確認、無ければ次のニュースを待つ。
  3. 次のニュースで関連する単語などあれば辞書で検索、確認。
  4. 後日新聞や図書館の本で調べ、先生などに聞く。
歴史的大事件の関係者であるが、通常の辞書に乗っているかどうか。これが現代では、

  1. 検索サイトで菊地直子を検索。
  2. ニュースサイトで報道内容を確認。
  3. 辞書サイトで本人に関することを確認。
  4. 関連単語、周辺のことについて検索、確認。
  5. 2~4は並行して行われる。
ネットのほうが辞書と比べスピード、情報量、情報の質の全てにおいて圧倒的に優れている。昨日改めて実感した。それが身近にある子供たちは、我々とは検索に対する考え方自体も違うのだろう。

 但し、よく言われることだが気をつけるべき点もある。

  • 書いてあることが本当である保証がない。
    • 以前専門的なことを検索したら、ヒットした上位5ページほどが意図的としか思えないほどひどい嘘を書いていた。
    • 報道関係のページであってもこれは同じ。例)スポンサーの悪口は書かない。
    • Wikipeidaにしてもそう。
  • 嘘ではないがある種の意図や(利益)誘導が混ざっていることがある。
    • 先日投稿した「独裁者」など。
    • カロリーゼロ。
    • マイナスイオンなど似非科学も含む。
  • 嘘です、と書いてあるにもかかわらず踊らされる民衆とそれを信じてしまう状況。
    • 『虚構新聞』とソースを書かないコピペやリツイート。
    • 「詳しくありませんが」「よく知りませんが」「専門家ではありませんが」の枕で書き始める質問サイトの回答。わざわざ知らない宣言しておいて解説するとはどういう神経をしているのか。
  • 勝手な思い込みや想像と、事実の区別がつかない。全く嘘。
    • 上記の質問サイトも含まれるかも。
    • 自分理論を振りかざすヒト(このページとか)。
辞書をひくのに騙される心配をしなくてもいいが、悪意なく(あることもあるが)上記のことが襲いかかってくる可能性がある現代は恐ろしい。やはり「嘘を嘘と見抜けないヒトにはインターネットを使うのは難しい」よねぇ。

2009/03/16

ノスタルジーではないはずだ。

 昨日子供とドラえもんの映画を見てきました。ここ3年ほどこの時期に行っていますが、どうしても言いたいことがあります。

  • 変な絵柄はやめてほしい。ドラえもんはアニメマニアのものではないはず。こどもが絵が違うという。

  • いい加減なキャラクター設定はやめてほしい。藤子キャラ風ですらないキャラが多すぎる。

  • 子供向けのストーリーになっていない。難しい話は別のアニメですればよい。

  • ありとあらゆるものにタイアップ商品や宣伝が(子供に関係ないものまで)。

  • 金儲け主義を隠すそぶりくらいしたらどうか。儲けのためにやっているのはわかるが露骨すぎる。


 リストアップするとよくわかる。今のドラえもん、ターゲットは大人である。もちろん映画に連れて行ったりお金を落としていったりするのは大人だが、作る方が最初から子供をみていない、というか眼中にないのではないかと思う。

 毎週やっているアニメの中にも映画の宣伝を挿入し、カウントダウンとかまだ見てもいない映画のシーンを見せていく。毎週小出しに。これって洗脳って言わないのか。挙げ句の果ては特番と称して映画の宣伝だけの番組を作る。全く意味不明のタイアップ商品が乱立し、持っていないと遅れているかのように錯覚させる。どれも子供にいい影響を与えようなどとは微塵も思っていないことはよくわかる。ストーリーも同様。教育的配慮などと言うつもりはないが、せめて悪い影響を与えないような工夫は必要ではないか。こういった商法に乗せられて育った子供はどういう大人になるのか考えたことがあるだろうか。子供たちに夢を与える、とはドラえもんの評価でよく言われる台詞だが、夢を大人の都合でいじくり回してはいけない。

 私の結論としては、もうドラえもんはおしまいにしたら、ということになると思う。かなり昔からいろいろなところで言われていることだが、もういいのではないか。これは決してノスタルジーではない。昔のドラえもんの方が良かったと言うつもりはないが、今のものはひどすぎると思う。昔に戻るのではなく、おしまいにするのがいいと思う。でも、大人の事情でなかなかやめられないと言うだろう。後何年かたって、あるいは何十年かたって、“声優さんが変わった時が最後のチャンスだったのにね”なんて言われるような気がしてならない。

2008/10/10

ファンも見捨てた?日本―UAEは10.3%(サッカー) ― スポニチ Sponichi Annex ニュース

ファンも見捨てた?日本―UAEは10.3%(サッカー) ― スポニチ Sponichi Annex ニュース

 親善試合、若手のテスト、コンディションやフォーメーションの確認などただの練習試合。全く勝敗を云々する試合ではなく、見たい人は見るし、見ない人は見ない。来週の予選さえクリアすればよい。そのための練習試合だから。
 むしろこういった試合で勝った負けたを騒いだり視聴率がどうだったというのはやめるべきと思う。

2008/09/02

旗振り当番

 長かった夏休みも終わり、昨日から学校が始まりました。子供たちがだるそうに起きてきてのろのろと学校の準備をするのがとても微笑ましいですね。四の五の言わずにさっさと行けばいいのに。

 今日は朝の旗当番で、子供たちよりちょっと早く家を出ました。
旗当番をご存じない都心部の方のために説明しますと、地域の子供たちはそれぞれ通学班ごとに集まって学校に行くんですが、通学路が指定されています。その通学路上で交通量が多かったり道幅が広かったりする道路があり、そこを安全に渡すためにPTAが毎朝旗を持って誘導するわけです。うちの地区の小学校では年に2~3回当番が回ってきます。


 交通量の多い交差点に突っ立っているわけですから、目線はついついクルマのほうに行きます。町を南北に貫く幹線道路なので、さまざまなクルマを見ることができますが、今日はあまり目立ったクルマはありませんでした。

 旗当番のときは子供の安全なんか考えるので、社会に対して厳しい目を向けてしまいます。やっぱり見てしまう、というか目立ってしまうのがシートベルトです。以前気づいてから注意してみるようにしているんですが、どう数えても4割くらいはベルトをしていません。警察庁交通局発表の資料では、平成19年度のシートベルトの着用率は95%になっています。これはどこで調べたんだろう。あるいはここらへんだけ特にベルトをしない地方なんでしょうか。この資料、ちょっとおもしろいんですが、シートベルト着用有無別の交通事故の資料で、死傷者数におけるベルト着用の有無で致死率や死亡重傷率を出しています。このなかでシートベルトをしていた死傷者数(運転者のみで計算、以下同様)は496,201人、ベルトをしていなかった死傷者数11,978人、合計で508,179人が死傷したとなっています(事故実数は不明、ここがポイント)。全死傷者数におけるシートベルト非着用率を出すと、11978/508179=0.0236..、2.4%となります。全体におけるシートベルト非着用率は5%です。従ってベルトをしないほうが死傷率が半分に下がる???、となるように見えます。ナゼデショー?

 無事旗振りの時間が終わり、家に帰る途中に側道からいきなりクルマが出てきました。思わず運転席を見ると、運転手はシートベルトをしていませんでした。

2008/08/27

北京オリンピックに思う

 始まる前にはいろいろ言われていましたが、無事に終わりましたね。日本全体の成績としては悪くなさそうに見えるんですが、なぜか惨敗ムードが漂っています。

 始まる前にマスコミの露出度が高かった競技、選手が軒並み惨敗しているからよけいひどい印象が残ったのではないでしょうか。野球然り、柔道(特に谷)然り、バドミントンの何とかペア然り。事前に散々祭り上げられてメダルを取るのが当然だと思わせるような報道の末、この結果ですから落差が大きい。水泳の北島はきちんと結果を残したように見えますが、水着騒動で事前にかなり評価を落としています。勝って評価を取り戻したということでしょう。バドミントンのもうひとつのペアの活躍がことさら大事のように取り上げられていましたが、何とかペアも一緒に勝ち進んでいたらテレビに映してもらっていたかどうか。

 反対に、メダルに手が届かなくても大躍進といえる成績を残した競技がたくさんありました。ボートとか先のバドミントンの何とかペアじゃないほうとか。フェンシングなど出場していたのも知らなかったくらいで、これらは事前の露出、競技の放映、事後の露出とも低い。理由はなぜでしょう?良い成績に対しては良い評価をあげていいんじゃないでしょうか。

 閑話休題。
 サッカー残念でした。いろいろ言われていますが、グループ4位は妥当だと思います。誰がミスしたとか戦術がどうとかではありません。ただマスコミが騒ぐほど選手たちはショックを受けていないように感じます。周りに惑わされずこれが現在の実力と認識した上であれば次の機会には期待できそうです。個人的には柏木を見たかったんですが。それよりアルゼンチンとブラジルの試合放映が少なかったのは残念です。生きのいい23歳以下の選手が張り切るのは当然として、子供の中に大人が混ざってサッカーしている、といえたのはリケルメ、次いでマスケラーノでした。彼らは決して手を抜いたり怪我を恐れたりせず、本気でサッカーをしていた。やはりアルゼンチンは本気でメダルを取りに来ていたということです。どこかの国みたいに断られたのでオーバーエイジは使いません、なんてことでは勝てないんですね。ブラジルも然り。ロナウジーニョは明らかに調整不足でした。本気で勝つ気ならカカやルシオを連れてきてください。

 総じて、スポーツに対しては実力や成績どおりの評価をしていただきたいと思います。

2008/06/07

三方百万両損と一人勝ち

 昨日から水着の話で持ちきりですが、その意味するところは非常にくだらない。

 通常チーム競技ではユニフォームを統一させるのは当たり前ですが、例えばテニスなどの個人競技ではラケットやシューズ、ユニフォームは個人とメーカーの契約で、デビスカップなどの国単位で戦うような場合でもばらばらです。サッカーや野球はユニフォームこそ統一していますが、スパイクやグローブは個人の契約です。日本テニス協会やJFAがラケットやスパイクを指定することはないはずです。

 水着はユニフォームなのか道具なのか、という問題は、話題の中心になっている記録の出る水着を考えると、水着はすでに道具ですね。人間の能力を延長するという道具の定義に当てはまります。それまではむしろ邪魔者扱いで、メーカーはいかに抵抗を減らすかにここ数年は腐心していたように思います。道具であれば、選手個人個人が自分の使いたいメーカーと個別に契約して使用するのが当然ではないでしょうか。

 この騒ぎの焦点は、日本水連が水着を道具としてではなくユニフォームとしてみていたこと、つまり時代遅れの視点で考えていたことに尽きるんじゃないでしょうか。さらにメーカー(=スポンサー)が、国や個人の記録よりも宣伝(契約といっていますが)のほうが重要であると図らずも態度で示してしまったことで騒ぎを大きくしてしまい、収拾がつかない状態になってしまったと考えます。

 最終的に、結果を出しても選手は水着のおかげといわれ、メーカーは技術力への信頼と矜持を失い、日本水連は威厳とスポンサーを失い、と大変なことになりそうです。得したのはもちろんあの水着メーカーだけでしょう。

2007/11/01

違和感

 うちは○売新聞を取っているんですが、地方欄に空き巣が捕まった記事がありました。犯人は21歳と若く、空き巣に入るときに「ガラスを割ると迷惑がかかるし、靴で入ると汚れる」と、鍵のかかっていない家を狙って靴を脱いで空き巣を繰り返したと書いてありました。弟と母親の3人暮らしで毎月6万円を母に渡していたとありました。

 新聞記事で情状酌量を求めているのかな、と思いながら職場に来て○日新聞の同じ記事を見たら、全く違うことが書いてあります。犯罪の内容は同じですが、靴を脱ぐとか金を渡したとか全く記述がなく、遊ぶ金ほしさの犯行のように表現してありました。こちらは犯罪者は社会の敵だ、みたいな感じです。

 さて、この犯人の人物像はどうなっているのかな、と考えたとき、ふと違和感を覚えました。新聞というか報道で伝えるべきは既に起こった真実です。何回も空き巣を繰り返している若い男が逮捕された。伝えるべき情報はこれだけです。だがこの二つの記事を並べると、別のものが見えます。前者の記事では生活に困った優しい若者が家族のために仕方なく犯罪を繰り返したかのようなニュアンスが見て取れますし、後者は最近の若者は自己中心的に犯罪を犯すから許せない、くらいの勢いが感じられます。

 これが、いわゆる記者の主観ではないでしょうか。前者は同情的、後者は批判的な気持ちで記事を書いたのではないでしょうか(記事を書く時点で得た情報が違うから、というのは誤りです。他方が得られた情報を得られず、不十分な取材のまま記事を書いたということになります)。記者の主観によって、この事件は社会的弱者がたどる不幸な結末、いやむしろ社会が悪いくらいの感覚も引き出せますし、最近の若者はやっぱりだめだ、と多くの良識ある大人たちの同感を得られる事件にもなってしまいます。

 私は、報道は真実を伝えることがなにより大事だと思います。記者の主観が入るとそれは“記者の目で見た事実(脳内含む)”になり、真実とは距離ができます。真実を見てどう思うかは自分で考えます。